フジテレビが話題になっていますね。
今回は、フジサンケイグループ代表の日枝久さんに注目して、日枝久さんの3大タブーについて見ていきたいと思います。
日枝久の3大タブーとは?

日枝久さんの3大タブーとは、2017年頃の話であると思われます。
- とんねるず
- コネ入社
- パワハラ、セクハラ
とんねるず
日枝久さんにとって、とんねるずは出世への道を切り開いてくれた恩人にあたるのです。
日枝久さんは、自分に忠誠を誓った人間はどんな不祥事を起こしても責任を問わず、重用するという考えの持ち主のようです。

フジテレビは、長寿番組を次々と終わらせてきたが、なぜか真っ先に終わらせるべきであろうあの番組には、かたくなに手をつけなかった。
それは『とんねるずのみなさんのおかげでした』。この番組に手がつけられることはなかった。それは、同番組が日枝氏の「会長案件」となっており、フジテレビ社員の誰も触れることのできない「タブー」だからだ。
引用元:https://lite-ra.com/2017/07/post-3317_2.html
コネ入社
日枝久さんが、権力基盤を固めるため最大限に利用したのがコネ入社だったようです。
コネ入社の多くは、政界やスポンサー対策、大物芸能人の取り込みを目的にしているが、スキャンダル対策に週刊誌幹部の子弟も入社させているようです。

コネ入社の多いテレビ局のなかでもフジテレビは群を抜いてコネ入社が多いことで知られている。
芸能人だけでなく、大物政治家の子息も多い。
こうしたコネ入社の多くは、政界やスポンサー対策、大物芸能人の取り込みを目的にしている。だが、フジテレビのコネ入社をめぐってはさらにもうひとつ、「スキャンダル対策に週刊誌幹部の子弟を入社させていた」というものだ。
引用元:https://www.excite.co.jp/news/article/nekochan_cat37149/
パワハラ、セクハラ
時代背景もあったと思われますが、いまなら一発退場となるようなパワハラ、セクハラが当たり前だったそうです。

「河田町時代は毎年、正月明けに女子アナを引き連れて、社内を練り歩いていました。女子アナは、日枝氏が面接で好みの女性を毎年1人、入れていたというのも局内外で囁かれていた。女子アナは自分の大奥とでも勘違いしていたのではないでしょうか」
そのほか、中止するはずだったイベントを鶴の一声で存続させたり、いまなら一発退場となるようなパワハラ、セクハラが当たり前だったそうだ。
引用元:https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/341726
民放全社が辞めさせない!

日枝久さんは、テレビ業界にとっての防波堤であり、民放全社が辞めさせたくないようです。
「日枝久会長を辞めさせることはできない。民放全社が辞めさせないのです。
日枝会長は早稲田大学で森喜朗元首相と同窓でした。自民党の重鎮と気軽に話せる民放トップは日枝さんしかいない。つまり日枝さんは、テレビ界にとって一種の防波堤。自民党といい関係を保つためにも、日枝さんを辞めさせるわけにはいかないのです」
引用元:https://gendai.media/articles/-/38453?page=4
クーデターについて

フジサンケイグループは、鹿内信隆さんが牛耳っていたグループでした。
日枝久さんは、1988年にフジテレビ代表取締役に就任し、1992年に創業者一族である鹿内家を追放する事に成功しました。
フジサンケイグループの初代議長である鹿内信隆の後を継いで、信隆の息子である春雄が二代目議長になるも、数年後に急死してしまいます。仕方なく信隆は、娘婿であり興銀の一社員であった佐藤宏明を婿入りさせ、三代目議長とします。鹿内宏明となった三代目議長は、その若さと銀行マンという経歴から来る国際金融への理解から、フジサンケイグループを国際的な企業にしようと様々な手を打ちますが、数年後に突如クーデターにより議長職を解任させられてしまうわけです。 そのクーデターの急先鋒となったのが、当時はフジテレビの社長であった日枝久でした。 日枝は、フジサンケイグループから鹿内家を完全に排除するために、緻密な作戦を練ってクーデターの準備を進めます。元々鹿内家に反発的だったフジテレビは、日枝を中心に元々結束していて、慎重にことを進め、入念な準備の元クーデターを成功させ、鹿内宏明を追放することに成功するわけです。
引用元:https://readee.rakuten.co.jp/bookstore-clerk-review/4214882
まとめ
今回は、日枝久さんの3大タブーについて調べてみました。